瞑想について

 

テレビでタイの露店で売られているお坊さんのフィギュアをみたら「八ッ」と気づいたことがありました。

答えは、思いもよらないようないろんなところから出てくるもの!! (笑 )

 

ヴィパサナー瞑想合宿を10日間体験した時のこと。

何日目かにヴィジョンを2つみました。

そのうちの一つが、

オレンジ色の袈裟を着たたくさんのインドの修行僧が、なぜかブルーシートの上でひたすら瞑想をしていて、

その修行者たちがパンパンと弾けて粉になって消えていくというヴィジョンでした。

もしかしたら、これは私の魂の記憶????だったのかどうかはわかりませんが。。。

 

 

休憩中に、その意味を考えました。

ブルーシートとオレンジ色の袈裟の意味はわかりませんでしたが、

瞑想修行は、究極的には動かずにこの世を去ると言う方法なのだなぁと感じました。

 

そして、この修行をしたからといって、必ずしも悟りを開いてあの世にいくわけではなくて、ただひたすら行をして、悟りを開かず通常の意識を持ったまま

あの世に向かう人もたくさんいるのだなぁと思いました。その時には自分のみたヴィジョンにそれ以上の解釈ができませんでした。

 

 

 

今朝のテレビで僧侶のフィギュアをみた時に、人が動かないことって、もしかしたら、人間の究極の姿なのかも!!とひらめいたのです。

なぜかといえば、瞑想中はほぼ何も害することがないからです。

 

 

あくまで私的な思いです。

例えば、世の中の全員が1日の半分を瞑想に費やすようにしたとしたら、すべての消費量が減り、電気やガスの使用も減り、交通量も減り、排気ガスも減り、出すゴミの量も減り、、、ということが起こると思うのです。

 

人間て動くとゴミを出してしまう生き物だなと日頃から感じていて、動けば動くほど、忙しければ忙しいほどたくさん消費してゴミを出す。

結果的には、人間が忙しく動くことによって、環境破壊の原因を作ったり、植物や動物がたくさんの犠牲になっている。

だからこそスローライフとか、、、、ゆっくりと生きることにシフトすることが大切と言われるようになったと思うのです。

 

古代から伝えられた瞑想と言う行為は、もしかしたら、、、、人間の考え出した究極の行為なのかもしれないとおもいました。

 

私は、規則や決めごとが多すぎる修行は好きではありません、

人間も古代人から変化しているから、規則や決めごとの多すぎる修行が今の自分にあっているかどうか、、、と言う点については少し疑問があります。

でも、瞑想の素晴らしさは、悟る悟らないとか、修行とか、、、そういうことではなく、「何もしない」と言う行為の美しさを経験することだなのだなぁと

思いました。

 

 

昔瞑想を毎日1時間から3時間、10年以上続けていました。一人暮らしだったから時間があったのです。

頭の中が空っぽになることや、不安が消える、集中力が高まる、体が完全にリラックスすること、、、、などあげたらきりがないほど

たくさんの良いことがありました。

その頃はそこにいない人の噂話をしないことや愚痴がほとんどない状態でとても穏やかに過ごしていたような気がします。

瞑想を続けていくうちに、そういう行為がカルマになって自分のところにすぐに戻ってくるのを感じはじめたからです。

でも、ある時から瞑想をやめて、カルマのこともすっかり忘れ、みるみる愚痴が増えてしまいました (笑 )

なんとも、汚れた状況に戻るのは本当に早いなと思います。

 

最近は瞑想をやったりやらなかったり、、、ですが、瞑想して何もしない時間を作ることってやっぱりいいこと!!